商業文芸誌評


本記事は2026年11月発刊予定の本誌81号『あるかいどへの反響』欄転載されます。

東海日日新聞 2026年5月10日付 書評 愛知大学研究員 平野恵美子 

 郷土の偉人といえば、豊橋や田原に住んだことのある人に、渡辺崋山の名前は馴染みが深い。とはいえ、何をした人かと問われれば、年配の人はいざ知らず、「幕府のお咎めを受け、藩への忠義から切腹した」くらい答えられれば上等ではないだろうか。崋山の伝記には、杉浦明平の『小説 渡辺崋山』があるが、余程関心が無ければなかなか手を出しにくい大著である。時代を超えて崋山を語り継ぐには、新しく読みやすい本も必要だ。住田真理子さんの『崋山先生の画帖』は創作部分もあるが、崋山入門としてうってつけである。
 本書は「東海日日新聞」2024年1月15日~2025年1月22日に掲載された小説を一冊にまとめたものである。六部から成り、各部は「第~画」と題されている。崋山の画家としての一面に着目し、印象的な画とそれにまつわる話が語られる。また、それぞれの「画」は弟子や友人、妻などゆかりの人物が崋山について多角的に語る、というユニークな趣向である。とはいえ、どの画も崋山の誠実で思いやりがあり、実直な人柄を鮮やかに浮かび上がらせる。一方、生真面目で堅物なだけではなく、酒や冗談が好きな人間的な面も表される。
 意外に思うかもしれないが、崋山は江戸育ちであり田原で過ごした期間は短い。しかしこの小説でとりわけ秀逸なのは、渥美半島の豊かな自然や風物を生き生きと描いている点だ。第二画の、強い陽射しが照りつける浜での地引網。キラキラした水面が目に浮かぶようだ。猪狩りの場面は田原の緑眩しい山野が目の前に広がる。だがそんな美しい風景の中で、足を取られそうな不吉な波、殺された猪の恨めしそうな目が、崋山の不幸な後半生を暗示する。
 第四画の熾烈を極める獄中生活を経て、第五画では田原に蟄居となった崋山一家の生活が妻の口を通して語られる。あの眩いばかりの夏の日が嘘のように、田原の冬はごうごうと風が吹き荒びうら淋しい。だが春の訪れとともに、一家の生活も少しずつ息を吹きかえす。画に打ち込み生きる希望を何度も口にする崋山。それがなぜ突然の自刃なのか。通説では「田原藩に迷惑をかけないために」自ら切腹した。だが妻のたかはそれは本当の理由ではないと言う。そしてそれは頗(すこぶ)る納得のいくものである。
 たかは唯一の女性の語り手である。瑞々しい感性の持ち主である彼女は、作者の住田さん自身なのではないか。たかの口を通して、住田さんの崋山への熱い想いが溢れ出す。
 崋山の切腹で幕引き、ではない。第六画では高野長英や椿椿山ら、崋山と交わった人々のその後が知らされる。だが読者のための説明だけの画ではない。さらにもう一つ、サスペンス映画のような手に汗握る挿話も描かれ、最後まで読者を飽きさせない。

三田文學 2026年春季号 新同人雑誌評 加藤有佳織

 木村誠子「さよなら・ブラG」(「あるかいど」79号)の語り手は本が好きな11歳の森野音です。両親が離婚し、看護師の母と二人暮らしを始めた頃、コロナウィルス感染症流行を受けた緊急事態宣言により休校となります。ある日、Gと名乗る「やさしい目をした髭の老人」海野岳と出会います。11歳のとらえる閉塞感や寂しさと、Gや両親の抱える大人の孤独とが、均衡を保つうつくしい作品でした。

全国同人雑誌協会 ニュースレターZDK通信11号 五十嵐勉

 関西の同人雑誌パワーは、「VIKING」、大阪文学学校の「樹林」を中心に、その卒業生による自主表現活動が旺盛で、「mon」「ignea」「星座盤」「海馬」「ココドコ」「茶話歴談」「白鴉」「文の鳥」「雑記囃子」など枚挙にいとまがない。また伝統雑誌の重みを備えてそれらに厚みを加えている存在も軽視できない。「たまゆら」「黄色い潜水艦」「あるかいど」などの存在は重い。また神戸エルマール文学賞を運営して、関西全体の同人雑誌を盛り上げている「八月の群れ」は、その貢献度において実に大きな役割を果たしている。

季刊文科 103号 同人雑誌季評After5 越田秀男

 同人雑誌季評で、スペースの制約等から概要を紹介できなかった、注目作品をここに収載します。
 柴犬が縁結び──切塗よしを「老犬を連れた女」(『あるかいど』79号滋賀県)同棲女出奔、会社には疎んじられ辞表……〈ぼく〉は雨晴海岸の旅に時化込んで三日目、女将「海を見てくれば」。海岸に柴犬を連れた女。ぼくもかつて飼っていた、「ワンちゃん、おはよう」。実はこの犬、人に懐かない質なのに〈ぼく〉には人見知りせず。で、女との関係が接近。すると女へ別居中の夫が離婚届に捺印して郵送してきた……結びの神、老犬の死。一つの出会いが終わり、雨晴海岸の日々はやがて思い出に化す。帰りのバス、突然「下ります」、もと来た道を激走。女「あなたまで消えないでよ!」。
※メデタシ目出度し! でも、人生としてはやっと二度目のスタート台。

第53回琉球新報短編小説賞 選考評 又喜栄吉

「オキナワロード」(久里しえ)は、少し変わった主人公の、他人にはさほど重要とは思えないような日常の積み重ねが描かれている。本土出身の主人公の目が透き通っている。人生哲学をあぶりだし、主体性を確立する。実際より大きく感じられる異郷での驚きや困難や困惑がいつしか美しいシーンになる。

第53回琉球新報短編小説賞 選考評 大城貞俊

「オキナワロード」(久里しえ)は大阪生まれの主婦が夫の帰郷に合わせて訪れた沖縄での日々を描いた作品。題材としては多くの作家たちに取り扱われたもので沖縄を発見し自己変革をしていく物語である。作品のユニークさは、発見した沖縄や、変革をしていく私の心情が、生活にしっかりと足をつけた日常の世界を根拠にしていることである。
 さらに感心したのは冒頭部分と終末部分を呼応させた作品の構成に工夫があったことだ。冒頭に「ペーパードライパー」であった私を描き、最終ページでは「この土地にどっしりと根を下ろして生きてきたトックリキワタ」を発見し、私もどっしりとオキナワロードを歩いていきたいとして「ここは、私の道」「私はアクセルを踏み込んだ」とし閉じられる。言葉での大きなメッセージはないが言葉以上の深いメッセージがあり温かい余韻が残る作品である

これまでにあった反響

これまでにあった反響の一覧です。「○○号への反響全文」をクリックすれば、反響の全文をお読みいただけます。

79号(2025年11月1日)

木村誠子「さよならブラG」
・三田文學 2026年春季号 新同人雑誌評 加藤有佳織
・神戸新聞 2026年3月22日付 同人誌 葉山ほずみ
・樹林 小説同人誌評 46 細見和之
切塗よしを「ラストダンス」
・文芸思潮99号 全国同人雑誌評 南崎理沙
西田恵理子「ほな、ね」
・図書新聞 同人誌時評 2026年3月7日付 越田秀男
切塗よしを「老犬を連れた女」
・季刊文科 103号 同人雑誌季評After5 越田秀男

 

78号 (2025年6月1日発行)

「花びらの記憶」西田恵理子
・民主文学2025年9月号 支部誌・同人誌評 松田繁郎
・樹林 小説同人誌評 45 細見和之
「不機嫌の系譜父・木辺弘児」住田真理子
・神戸新聞 2025年9月24日付 同人誌 葉山ほずみ
・樹林 小説同人誌評 45 細見和之
・三田文學 2025年夏・秋合併号 新同人雑誌評 加藤有佳織
「日日是日日」高原あふち
・季刊文科101号同人雑誌季評 越田秀男
「駝鳥の見る夢」切塗よしを
・季刊文科101号同人雑誌季評 谷村順一
文芸思潮98号 全国同人雑誌評 南崎理沙

 

77号 (2024年11月6日発行)

「池に棲む人」久里しえ
・三田文学 2025年春季号 同人雑誌評 佐々木義登
・季刊文科 99号春季号 同人雑誌季評  谷村順一
「地底へ」渡谷邦
・文芸思潮96号 全国同人雑誌評 南崎理沙
・神戸新聞 2024年12月21日付 同人誌 葉山ほずみ
・三田文学 2024年秋季号 新同人雑誌評 加藤有佳織
・季刊文科 99号春季号 同人雑誌季評  谷村順一
「トマトスープとガーリックライス」高原あふち
・季刊文科 99号春季号 同人雑誌季評  谷村順一

 

76号 (2024年5月29日発行)

「アマリリス」夏野緑
・季刊文科97号 同人雑誌季評 河中郁男
「はるかかなた」高原あふち
・図書新聞2024年8月31日付 同人誌時評7月 越田秀夫
「Aハウスにて」渡谷邦
・三田文学 2024年秋季号 新同人雑誌評 佐々木義登・加藤有佳織
・樹林 第41回小説同人誌評 細見和之
「サンセットビュー」伊吹耀子
・民主文学2024年9月号 支部誌・同人誌評  風見梢太郎
「雪の匂い」渡辺庸子
・民主文学2024年9月号 支部誌・同人誌評  風見梢太郎

 

75号 (2023年11月3日発行)

「私たちは散歩する」渡谷邦
・季刊文科96号 同人雑誌季評 谷村順一
・三田文学 2024年春季号 新同人雑誌評 佐々木義登
「昏がりの果て」渡辺庸子
・樹林 第40回小説同人誌評 細見和之
・三田文学 2024年春季号 新同人雑誌評 加藤有佳織
「答えは 風の中」泉ふみお
・樹林 第40回小説同人誌評 細見和之
・神戸新聞同人誌評 2024年6月23日付 葉山ほずみ

 

74号(2023年 5月30日発行)

「水路」渡谷邦
・第18回神戸エルマール文学賞選評
・第18回まほろば賞選評
・三田文学 2023年秋季号 新同人雑誌評 佐々木義登
・文芸思潮89号 「全国同人雑誌評」 五十嵐勉
・樹林 第38回小説同人誌評 細見和之
「鼻ぐり塚で待つ-夏-」西田恵理子
・図書新聞 №3640 2024年5月25日 同人誌時評+α 越田秀男
・神戸新聞 2023年9月23日付 同人誌評 葉山ほずみ
・樹林 第38回小説同人誌評 細見和之
「崋山先生の画帖第一画 母の面影」住田真理子
・樹林 第38回小説同人誌評 細見和之
「雑踏の中にいる」切塗よしを
・季刊文科 93号 同人雑誌評 河中郁男
「オレンジ色のスカート」渡辺庸子
・民主文学 2023年9月号 支部誌・同人誌評 松田繁郎

 

73号(2022年11月2日発行)

長い写真」久里しえ
・三田文學 2023年春季号 新同人雑誌評 加藤有佳織
・季刊文科90号 同人雑誌評 谷村順一
「その週末」渡谷邦
・三田文學 2023年春季号 新同人雑誌評 佐々木義登
・季刊文科90号 同人雑誌評 谷村順一
「レッスン」切塗よしを
・樹林第36回小説同人誌評 細見和之
「白いシーツは翻る」西田恵理子
・民主文学 2023年3月号  支部誌・同人誌評 岩淵剛
「あぐねる」高原あふち
・神戸新聞 2023年1月27日付 同人誌評 葉山ほずみ

 

72号(2022年5月17日発行)

「鳩を捨てる」住田真理子
・文芸思潮86号 全国同人雑誌評 殿芝知恵
・三田文學  2022年秋季号 新同人雑誌評  佐々木義登
・季刊文科89号 同人雑誌評 谷村順一
・神戸新聞 2022年7月22日 同人誌評 葉山ほずみ
「面会時間」切塗よしを
・文芸思潮86号 全国同人雑誌評 殿芝知恵
・樹林第34回小説同人誌評 細見和之
・民主文学 2022年9月号 支部誌・同人誌評 草彅秀一
「オーロラ」池誠
・文芸思潮86号 全国同人雑誌評 殿芝知恵
「明るいフジコの旅」渡谷邦
・三田文學  2022年秋季号 新同人雑誌評  佐々木義登
第17回神戸エルマール文学賞「島京子特別賞」受賞

 

71号(2021年11月1日発行)

「ラストデイのような日」渡谷邦
・三田文學 2022年春季号 新同人雑誌評  藤有佳織
・三田文學 2022年春季号 新同人雑誌評  佐々木義登
・季刊文科87号 同人雑誌評 河中郁男
「海には遠い」切塗よしを
・神戸新聞 2021年12月24日  同人誌評 葉山ほずみ
・季刊文科87号 同人雑誌評 谷村順一
「降っても晴れても」高原あふち
・神戸新聞 2021年12月24日 同人誌評 葉山ほずみ
・季刊文科87号 同人雑誌評 河中郁男
「塀の外の空襲」住田真理子
・季刊文科87号 同人雑誌評 谷村順一
「紅い破片」渡辺庸子
・季刊文科87号 同人雑誌評 谷村順一